愛州移香斎(あいすいこうさい)

日本剣術史・三大源流の一つと言われる「陰の流」(愛州陰流、陰流)を起こしたといわれる人物が、愛州移香斎です。陰の流の「陰」とは相手と相対したとき、相手の動作を事前に察するという意味をもつと言います。

移香斎は伊勢(三重県)、若しくは日向(宮崎県)の人という説、また、九州や関東、果ては明国(中国)まで渡航していたという説もあり、多くが謎に包まれた魅力的な人物です。

その後、愛州移香斎は日向に住み、八十七歳の長寿で亡くなりました。

年齢や時期の関係から、小七郎が上泉伊勢守の師であるという説と、移香斎が諸国修行の中で上泉伊勢守に出会い、陰の流を伝授したのではないかという説があります。

上泉伊勢守は武田信玄の誘いを断る理由に、陰の流を探求したいと言ったといいます。上泉伊勢守の新陰流はその名称からも、陰の流の影響を強く受けているものといわれます。